Forever Young


湯島食堂でのメグさんの個展オープニングパーティーにて(写真左より、ワカちゃん、さわーこ、アグネス、マツくん、メグさん、ぼく、伊太朗)

渡邉知樹(わたなべともき)
1980年4月9日生まれ、絵本作家。
絵の展示をメインに鳥オブジェやブローチを制作し、個展で発表。詩作やピアノ演奏などでも活躍の場を広げている。19歳の頃から寝袋と似顔絵道具を背負い、年に一度くらいのペースでヒッチハイクなどで日本各地を放浪。描いた似顔絵は3000枚に及ぶ。趣味は映画観賞。


その頃のメグさんが無国籍料理・カルマに来るのは月に1度のミーティングの時だけ。

先月あった出来事、改善していきたいこと、新しくやりたいことなどを話すミーティング。
常時1人か2人で切り盛りする店に、計20人以上のスタッフがいる謎の店。

店主の丸山伊太朗曰く答えは無い。レシピはない。みんなそれぞれの味で美味しい料理を出せばよい。
包丁をさわったこともないような素人がバイト募集を見て2、3日研修して、あとは放置。
接客、調理、皿洗い、買出し、発注、精算などなど、すぐに全部1人でやらせる。

初日は「じゃあナシゴレン作りまーす。よく見ててね~~」と、いきなり伊太朗が作り始める。完成したら「はいじゃあ作ってみてー」という教え方。
給料は日払いで、仕事が終わったら勝手にレジ(というか箱 )から自分でお金をもらう。

そんなカルマのミーティングは女子8割男子2割。
ミーティングとはいえガールズトークが半端ない。中身のある内容に辿り着くまでだいたい1時間はかかる。

その間メグさんはいつも楽しそうにみんなと話している。

誰かの下らないエピソードには
「え~そうなの~~ふはははは 」と笑いながら言うのは定番。
自分が違うと思った時には「う~ん」と漫画みたいに言うのもいつものこと。
黙っていてもなにか言いたそうにしていたし、
視線は宙を漂いながらも、なにかを見つめているようだった。

伊太朗が間違えてスタッフに教えたことに対して、メグさんが真顔で怒ることもよくあった。

そもそもぼくがカルマで働くことになったのはメグさんの紹介。
メグさんがやっていたカヤクグリというギャラリーのようなところでは、メグさんに背中を押され、はじめての鳥オブジェワークショップをやらせてもらったりした。

その後メグさんが中野から広尾に引っ越した後も、車椅子を押して色々なところに行った。
新宿駅が車椅子で移動するのに驚くほど不便だと2人して新宿駅嫌いになった。小さな段差で慎重にならなかったり、メグさんのイメージよりも速かったり遅かったりしてよく怒られた。
「巨匠(と呼ばれていた )は最近どうなの~?」と聞かれたら、仕事や絵の話ではなく、恋の話。メグさんと話すのはいつも決まって原マスミのことかカルマスタッフの恋の話だった。

その頃からメグさんは何度も入院しては、今回は危ないと言われながらもどうにかいつも退院してきた。
だから亡くなったと聞いた時は、あんなにも細く小さく、ギリギリの身体でがんばっていたにも関わらず、急なことに思えた。
不老不死のメグさんが亡くなってしまったのだから。

そうしたらまた、メグさんは生き返ったかのように立ち現れて、展示の手伝いをさせたり、こうして文章を書かせたりする。

先日中野のウナカメラリーベラというカフェで、カルマスタッフやその周辺の人たちによるメグさん50歳の誕生日パーティーが行われたらしい。
メグさんは一体何歳まで生きるのだろうか…。

フォーエバーヤング!サンキューメグさん!

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