めぐちゃん

南椌椌(みなみ くうくう)
1950年、東京生まれ。立教大学卒業。
作家、アーティスト。独学で絵をおさめ、絵本やテラコッタの作品を通して活動を続ける一方、吉祥寺でカレー屋「まめ蔵」を経営している。エピソードに登場する、やまぐちめぐみさんが訪れた「諸国空想料理店KuuKuu」は2003年、惜しまれつつ閉店。
http://www.kuu-kuu.com/


めぐちゃんに初めて会ったときのことは覚えてないのですが、めぐちゃんが東京に出て来てほどなく出会ったのだと思います。トシのせいで記憶はつねに前後して混濁するのですが、めぐちゃんは当時僕が吉祥寺で経営していた「諸国空想料理店KuuKuu」に度々来てくれました。

そして、KuuKuuという店、シェフだった高山なおみに憧れていたという話を聞いたのでした。僕にとっては高山なおみのことより、こんなキレイなヒトがKuuKuuに憧れていたということに舞い上がったことをよく覚えています。

そして、カルマで働くようになっためぐちゃんとは何度もカルマで時間を共にし、吉祥寺を歩くめぐちゃんと何度も遭遇するようになりました。
そのうちセツ・モードセミナーで絵を学んでいることを知り、絵も見せてもらうようになったのですが、料理人として、お菓子職人として、絵描きさんとして、めぐちゃんの中でどんな思いが巡っていたのか、そんな話はついぞ出来ませんでした。

でも、めぐちゃんの美貌の陰の小さな寂しさはそれとなく感じていたので、自分なりにめぐちゃんの人物像は出来ていました。その頃の絵は、まだまだ幼い夢見る少女の習作のようで、まさか後年のめぐちゃんワールドが花開くなんて想像も出来ませんでした。

めぐちゃんも僕にとっても、最愛?のミュージシャン、原マスミや魔法使い・スズキコージとの交友もかさなって、めぐちゃんは僕らの気圏のなかの仲間になるのにそんなに時間はいらなかったと思います。

めぐちゃんが病気になってからのあとのことは、みなさんが書いてくれると思います。めぐちゃんの病気が日に日に重くなって、めぐちゃんはいつまで生きられるのかな、と不安にかられるようになった頃から、めぐちゃんの絵はどんどん純化され、清浄な空気感を獲たなと思っていました。夢見る少女の夢に美しい距離感が生まれて、世界が抽象化されて来たなと感じたのでした。

めぐちゃんの部屋に行ったのは、めぐちゃんが亡くなる少し前のこと、2015年の夏のある日のことでした。原マスミが連れて行ってくれたのですが、その部屋に入ってびっくりしました。

女流絵本作家が住むパリの古いアパートのような、めぐちゃんユートピアがそこにあったからです。そして、きっといつものことだったのだろうと思いますが、めぐちゃんはまるでパシリのように原マスミをアゴで使っていたのです。
「原さん、いつもの店でおいしいスウィーツ買って来てね!」「姫、それだけでよろしいでしょうか?」「うん、とりあえずね、なんかあったらまた買いに行ってもらうから……」これ、誇張じゃないんですよ、ホント。この日僕は、この部屋をめぐちゃんに無償で貸してあげていた枝元なほみさんと原マスミに対して、心からの尊敬を捧げたのでした。

2015年9月1日、めぐちゃんが旅立ったあと、多くの友人達が奇跡的な遺作展と絵本出版やアーカイブまで立ち上げたことに、僕は目眩がするような感動を覚えています。

いま、この時代の日本にこんなことがあるのかという思いと、めぐちゃんお疲れさまでした、みんなと出会えてよかったね、またどこかで!という思いが、まさにめぐりめぐるのです。

写真は、僕が吉祥寺で経営しているカレー屋・まめ蔵の一コマです。めぐちゃんの小品を椌椌テラコッタやコーヒーカップ、渡邉知樹の小鳥ちゃんが囲んでいます。ありがとうございました!

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